(作成:2000年頃? 初出:?年久我のサイトAfter school Twilight 約1200字)
イザナミのくれた、束の間の時。
ふたりは黄泉の片隅で再会を果たしていた。
中島の鼻孔を、かすかな、しかし甘くやわらかな香りがくすぐる。
甦った弓子の肌はそれ自体が淡く光を発しているように見え、空に光のないこの黄泉の世界をその輝きで照らすかに見えた。
今、弓子は、一糸まとわぬ姿で中島の胸にいた。
中島は視線を下げないように、疲れきった体に残る力のありったけを注がねばならなかった。
弓子はそんな中島の苦労を知ってか知らずか、うるんだ瞳で無邪気なまでに体をあずけてくる。
…限界だ!!
「ゆゆゆゆゆゆ、ゆみこ、ちょっと待って!」
腕を突っ張るようにして必死で体を離すと、中島は後ろを向きながら、ロキとの戦いにもかろうじてまだ形を保っていた上着を脱いで渡した。
「こ、これ、なんとかまだ、着られるから…」
シャツはすでにハンドヘルドコンピュータを運ぶためにすそを破り取り、体を隠せるような丈ではなくなってしまっている。この上着にしたところで、いたるところぼろぼろだし、血やら汗やら、ロキの原形質やらが染みこんでしまっているがこの際しかたがない。
「中島君、これでいいの…?」
ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!
弓子の声にふりかえった中島は、自分がとんでもないあやまちを犯したことを知った。
カラーの高さに豊かな髪はたわみ、細いあごのラインは隠され、はにかんで微笑む口元がより可憐に見える。肩の細さに袖はたっぷりと余り、すんなり伸びているはずの優美な腕は指先まで覆われている。わずかにのぞく細い指は、さりげなくすその短さを隠そうとしている。
もともとこの十聖高校の制服にはウエスト位置からしかジッパーはついておらず、すそはフロントとサイド3箇所がスリット状になっているタイプだ。
弓子のそのしぐさはかえってそこから伸びる脚をなまめかしく見せた。
こ、これじゃあ……ぜんぜん意味ないじゃん!!
さっきまでの甘酸っぱいような香りに、いつの間にか玄室から漂ってきたのか重たい、絡みつくような濃厚な香りが重なっていく。
「弓子……僕…僕は…」
意識がそれと気づく前に、中島は、我を忘れた。唇が、意思を持って彼女を求めた。
スパァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!
中島の身体は屹立する岩壁に向かって弧を描いた。
「迎えに来てみれば、なんです、これは。神聖なる黄泉で、不埒な」
「イザナミ様!」
「うぃわわうぃわわ…」
ハリセンを手にした女神だった。
「逢瀬など許すのではなかった! 来やれ、弓子」
じろり中島を一瞥すると、強引に弓子の手を引き、イザナミは虚空に消えた。
『お…お…おあずけですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
痛みに遠のく意識の中で、中島はイザナギがちっとも現れないわけがわかったような気がした。
彼の身体をとりまく闇が、その色を変えつつあった。災い残る現世に、戻る時間が近づいているのだ。
懐かしい気配が、中島をいたわるように包んだ。
2巻冒頭へ続く……
皆楠じゃり
求職中に通っていた職業訓練学校の授業中に書いたなぁ。