(初出 2010年11月6日黄昏階段 約1000字)
(2013年3月10日 加筆修正)
熱い…。
イザナミの炎に胸を貫かれた中島は、地面に倒れ込んだ姿勢のまま、不自然なほどに響く鼓動を感じていた。
薄く開いた目には映るものはあれどはっきりと見えてはおらず、もがく四肢に力を込めたとき何度か血を吐いたことにさえ、中島は気づかなかった。
…行かなくては……。
音もなく静かな意識の中、妙な焦りだけが彼の心を揺さぶっている。
中島は巣に戻ろうとする虫のように、ひたすらに思い通りに動かぬ重い手足で、行き先もわからないままに進もうとしていた。
「嘘よ…」
耳元でかすかな声がして、身体が大きく揺れる。力の入らぬ首がぐらりと傾ぎ、眼に光が差し込んでくる。眩しくて反射的に目を閉じた。
中島が再び目を開くと、そこには彼女がいた。
…ゆみこ……。
間近にある、長い睫毛に縁取られた鳶色の瞳。その周りにあったはずの濃く大きな痣は、なぜか今はもうなかった。
「本当に、本当に君なのか……」
逆光の中、間近に覆い被さる弓子の唇が小さく動いているが、中島にはもう彼女の声は聞こえてはいなかった。
彼はただひたすらに、もう見ることは叶わないと思っていたその美しい顔を見つめている。
…この顔、この瞳。どうして……。
「よかった…」
口の端に血を滲ませながらも、中島は微笑んでいた。
弓子は彼女の必死の呼びかけにももはや応えず、夢見るような表情で笑みを浮かべている中島の死期を悟った。
熱い塊が鳩尾から胸にのぼり、息が詰まる。その塊は溶けて涙となって双眸からあふれ出したが、弓子は見つめてくる中島から一瞬たりとも目を離すまいと、流れるにまかせた。
……泣かないで。…笑って。
彼女の、風に乱れる髪を梳いてやりたい、止まらぬ涙をぬぐってやりたいと思いながらも、もう、腕が上がらない。
そんな自分をどこか他人のように感じている中島の脳裏に、いくつもの弓子の泣き顔が浮かんでは消えていく。
…そういや、いつも泣かせてたっけ……。
あの時も、あの時も、あの時もそうだった。
救われたのは、いつもぼくだった。
ぼくは君に、いったい何をしてやれただろう?
背中に回されている、君の腕が熱い。
頬に落ちてくる涙も。
あんなに眩しかった空が暗いのは、君の影のせいか…?
もう少しだけ、見ていたいんだ、
君を、
…ああ、もう……、
愛お…
「ありがとう……」