あたたかい匂い

夜。

弓子は病室で一人、今日も眠れないだろうな、とぼんやり考えていた。

フィード教授の計らいで、ここ国際サマルカンド病院に入ってからもうすぐ一週間になる。

検査や診察、麻酔をかけての手術、大事をとってあまり動かせない体、一日中建物の中にい

る毎日。そんなことが続いてすっかり体内時計がくるったのか、昼間うとうとしたり、夜浅

い眠りを繰り返したりして、ここしばらく熟睡できた覚えがない。

一緒に病院へ入った中島は多忙で、自身の体の回復を後回しにしてまで何やら相談や打ち合

わせが続いていて、部屋へ帰ってくるのも遅くなることが多かった。

(朱実君、今日も遅いのかな・・・)

目が見えないので正確な時間はわからないが、消灯時刻を過ぎても帰ってこないところをみ

ると、いつものパターンだろう。

先に寝ててよ、と言ってくれるので灯りを暗くして横にはなるが、彼が静かに帰ってくる音

がするまで落ち着かない。

んん、と軽くのびをすると、弓子はベッドから降りた。 

(ちょっとでも動いたら寝つきやすくなるかも)

せめてもの思いつきで、手元にある灯りをつけ、そろそろと手探りで部屋を回ってみる。

ベッドや壁に片手をついて、つま先で足元を確認しながらゆっくりと一回り。

まだこの部屋に慣れてないこともあり、かなり慎重に歩いたので、それだけで結構疲れた。

(見えないってこんなに神経使うんだ・・・)

もう一回、ともう一度回ってみる。この辺がベッドかな、という辺りまで戻って来たとき、

脛を何かにぶつけてつんのめった。

「きゃっ」

手をついたのは柔らかい台のような感触。自分のベッドとは違う。中島の寝ている簡易ベッ

ドのほうだ。

(ああ、朱実君の使ってるベッド)

ついた手を何気なく動かすと、何かがからまった。

(?)

両手で手触りと大きさを確認する。

(朱実君の服だ)

中島がパジャマ代わりにしているシャツを畳んで置いてあったのをひっかけたのだろう。

畳みなおそうとして、何故か弓子はその服をぎゅっと抱きしめていた。

(・・・朱実君の、匂いがする・・・)


もともと香りには敏感なほうだ。

札幌にいた頃の雪が降る前の夜のきんと冷えた香りや、よく暖められた部屋の香り、通学路

の街路樹の香りが懐かしい。

東京にきてからでも雨あがりの香りや商店街の様々な香りが北海道とは違うのだなと楽しん

でいた。

あの日、イザナミの玄室で再び命を与えられたとき、戻りかけた意識の中で一番初めに芳し

い花の香りを感じ、それに誘われるようにして目が覚めた。

そして中島の腕に飛び込んだ時に知った彼の匂い。

宇宙空間で再会した時もそうだった。イザナミに貰ったという衣にはまだかすかに花の香り

が残っていて。彼のものと混ざり合って玄室での出来事を思いおこさせた。

弓子は中島の服に顔をうずめると、簡易ベッドにころんと横になった。

そこにもかすかに彼の匂いがする。目が見えない人は他の感覚が鋭くなるというが、私も鼻

がよくなったのかな、と弓子は一人くすりと笑った。

自分のものとは絶対的に違う、男っぽい匂い。

彼に包まれた記憶が蘇り、心が安定したのか、ふと眠気に襲われる。

(気持ちいい・・・このまま眠れそう・・・)

幸せなまどろみに包まれかけたとき、

「・・・あれ、起きてるの?」

ドアが静かに開いて中島が戻ってきた。

慌てて弓子は体を起こし、咄嗟に抱いていた服を背中に隠す。

「お・・おかえりなさい」

ベッド脇の灯りしかついていないので、彼からはよく見えなかったらしいが、違和感を感じ

て近づいてくるのがわかった。

「そこ、僕のベッドだよ。今何か隠さなかった?」

見えなくて間違えたと思ってくれたらしいので少しほっとする。

なんだか気恥ずかしくて何も言えないでいると、中島はいつのまにか隣にすわっていた。

「遅くなってごめん、寝ててくれたらよかったのに」

「ううん、眠れなくて・・・」

言いながら弓子の背に手を回した中島は、そこにある自分の服に気付いた。

「あれ、畳んでなかったかな」

弓子がなぜか赤くなっている。

「もしかしてさっき隠したの・・・」

彼女はこくりと頷き、ぽつりとつぶやいた。

「だって、朱実君の匂いがして・・・なんだか落ち着くから・・・」

そうか、最近忙しくてあまり一緒にいてあげられなかった。見えなくなって間がないのに心

細かっただろう。その事に思い至り、中島は優しく彼女を抱きしめた。

彼女を導くようにベッドに横になり、鼻の頭が触れあうくらいの距離でゆっくりと囁く。

「服より本物のほうが落ち着けると思うんだけど」

弓子は中島の頬に顔を寄せると匂いを確かめるかのように鼻を近づけた。

「うん、すごく落ち着く。よく眠れるかも」

「じゃあ、このまま。ゆっくりおやすみ。」

「おやすみなさい」


中島が弓子の額にそっと唇を寄せると、彼女はくすぐったそうに、でも幸せそうに微笑んだ。
 
 
 
 
 
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 この作品は、最近お友達になってくださったTinaさんから、
 本サイトの1周年記念としていただきました。
 ありがとうございます!!
 こんな交流を夢見ていた管理人、感涙です…!

 
 Tinaさんはpixiv上でこんな感じのラヴラヴなふたりの小説を書いていらっしゃいます。
 皆さんぜひご一読を!! 普通にデートしてるif世界の二人もいます!
  http://www.pixiv.net/member.php?id=11512794 

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